4-4 高松宮妃殿下を迎える | 輪島塗の稲忠

2021/10/10 18:09

漆器組合長になって一年たったころ、忠右ェ門は忙殺に追われていた。

日本国内ではなんとクレージー・キャッツの植木等が歌う『スーダラ節』が大ヒット中で無責任時代への突入であった。皮肉だなあ、俺がこんなにたいそうしているのに、と忠右ェ門はにが笑いをした。

八月の暑いさなかの輪島市ご巡視のおり、高松宮妃殿下が稲忠漆器店にお立ち寄りになられた。妃殿下が店に入ってこられた時には、玄関前の通りは人でごったがえした。妃殿下は漆器のことについて大変お詳しかった。いろいろとお尋ねをうけた。妃殿下のご質問に対して忠右ェ門は、白いハンカチで汗をたびたび拭っては、輪島塗の説明を懇切丁寧に申し上げた。目の前にいらっしゃる妃殿下は、なんとも高貴なおかたであったが、また親近感のあふれたお人だと忠右ェ門は感じた。その上、もったいなくも、妃殿下より栗色小判形海老文の卓上膳のご用命を稲忠に下された。

真夏のそれも特別暑い日であったが、あわただしい漆器組合長時代にあって、数少ない爽やかな思い出となったひとこまであった。


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----- 目次 -----

1章 故郷三河の稲垣家

 1-1 矢作川と稲垣家

 1-2 学問ひとすじ 祖父真郎

 1-3 人生謳歌、父隆三郎

 1-4 おいたち

 1-5 収蔵品の虫干し

 1-6 現代の稲垣家


2章 塗師屋への道

 2-1 クリーニング店に住み込み

 2-2 はじめて外商にでる

 2-3 輪島の地を踏む

 2-4 三重で漆器外商、そして結婚

 2-5 忠右エ門を名乗る

 2-6 輪島に移住し、塗師屋となる

 2-7 かけだし時代

 2-8 岩津のおてつさん

 2-9 飛騨古川町の青龍台を塗る


3章 苦闘の時代

 3-1 漆塗り軍需水筒で戦後につなぐ

 3-2 行商三昧

 3-3 能登観光の黎明と水害受難


4章 漆器組合の理事長に就任

 4-1 塗師屋の仲間組織

 4-2 火中の栗

 4-3 組合再建への礎に

 4-4 高松宮妃殿下を迎える


5章 漆器と観光の船出

 5-1 観光時代の到来

 5-2 カニ族のたまり場

 5-3 塚田海岸に進出、稲忠漆芸会館開設

 5-4 居眠り旦那と道路の稲忠さん


6章 逝去、子息らに夢を託して

 6-1 ボーリング場跡地を購入

 6-2 民夫社長を指名、会長になる

 6-3 七十四歳の誕生日

 6-4 病床でキリコ会館の開設を見る

 6-5 初秋に逝く

 6-6 没後十年、創業六十年